『金星』のこと。

2006年にスタートした、僕が働く映画館・下北沢トリウッドと、僕が働く専門学校・東京ビジュアルアーツによる産学協同企画「トリウッドスタジオプロジェクト」。全作品でプロデューサーを務め、企画開発から撮影・編集、宣伝・公開・DVD化と、全てのプロセスに携わっています。 その最新作である『ぐちゃぐちゃ』が、4/22(土)からトリウッドにて本ロードショーとなるのですが(3月に1週間だけ先行上映をやってました)、それを記念して、1週前の4/15(土)より過去作品である『金星』と『色あせてカラフル』を上映します。1週間限定で、それぞれ1日1回です。

で、まぁ当たり前ですが、自分で上映素材を準備して、自分で映写チェックをしたんですけども、久々にそれぞれの本編を観て思い出したこともあるんで、せっかくなので当時のことや今改めて思うことなんかをまとめておこうかなと。まずは『金星』編。

制作は2011年でした。ので、2010年の後期(10月)から企画開発を始めました。 結構初期の段階で監督の早川から、大学時代に経験した視覚障害者とのことを企画にしたい、という話が出ていたような気がします。僕も、それがうまく実現したら面白くなるな、と思って毎週面談してました。 その年末に早川の企画で制作することを決め、年明けから撮影準備。映画の内容やそれ以外の色んな要素のタイミングが合って、プロジェクトとしては初めて東京以外の場所で合宿で撮影することになり(軽井沢に行くことになりました)、雪の中ロケハンに行ったりもして準備しつつ(脚本が雪ある設定じゃなかったんで、これ撮影出来るの?なんて、早川や他のスタッフと話していたのを覚えてます)、キャスティングについてはちょっと悩みつつ、でも撮影時期も迫ってきて焦ったりもしていて、さてどうしたもんかなぁ、と胃がキリキリする日々を送っていました。 そんな時に、あの地震が起きました。

クランクイン予定日の10日か2週間ぐらい前だったんですが(多分。あんまり覚えてない)、僕は自宅で作業、スタッフ達は学校でカメラテストをやってたり、都内での撮影を考えてたシーンもあったのでそのロケハンをしたりしてました。 まずはすぐにスタッフに連絡を取り、状況を確認し、その後トリウッドに向かって状況を確認し(下北の街が意外に静かだったのを覚えてます)、自宅に戻って引き続きスタッフの安否確認を行ったりして、学校に泊まることになったスタッフもいたので職員の先生方とも連絡を取り合ったりして、結局次の日か何日か後に撮影を一旦延期する、と決めました。

この映画を作ることが出来るんだろうか、と思ったこともあったし、実際早川からは「この映画を撮っていいんだろうか?」という迷いみたいなものも聞いたりしました。が、直接的な被害を受けなかった我々には、我々のやることがある、と改めて確認し合い、5月中旬にクランクインしました。

そうして始まった撮影は、まず軽井沢では天候不良に当たって予定していたかなりのシーンを撮りこぼしてしまったり、撮影初日から車絡みのトラブルがあったり、なかなか撮影の段取りがうまくいかなかったり、と、多くの宿題を残して東京に戻ることに。時間がない中で改めて都内でロケ地を探したり、都心から離れたロケ地では撮影終了後に帰れなくなったり(スタッフと一緒に30~40分歩いて、そこにあったマンガ喫茶に泊まりました)、まぁなかなかな感じで進みましたが、何とか撮影期間が大きく延びることなくクランクアップを迎えることが出来ました。

その後編集作業と宣伝活動を進め、2011年秋にトリウッドで初公開。早川の大学時代の友人で、この映画が作られるきっかけともなった視覚障害者の方や、ご出演頂いた渡辺真起子さんにお越し頂いてのトークイベントを行ったりして、この映画を通して色んなコミュニケーションが生まれているのを感じることが出来、とても嬉しかったのを覚えています。

映画自体の話をすると、『金星』は他のトリスタ作品とはちょっとテイストの違うものになっています。まず、他の作品だと主人公に監督自身が強く投影されていることが多いのですが(それがこのプロジェクトの特徴であり、面白さでもあると思ってます)、この映画ではそれがあまり感じられません。ある程度は(あくまで、ある程度、ですが)監督が主人公を客観視している=自分自身としては描いていない、というか。 なので、制作中に一つ心配なこととしてあったのは、この「フィクション」がどのぐらいの強度を持つのか?ということでした。監督自身が投影されている作品では、その監督の「主観」がある種の担保となって強度を保っていた所もあるのですが、『金星』についてはそれがない。では何を支えにすれば良いのか?もちろん、物語やテーマ、モチーフといったものも重要ですが、この作品で大きかったのは、やはり出演者の皆さんでした。

視覚障害を持っていて、且つ、”介助されることに慣れている”ダメな主人公というかなりハードルの高い人物を演じた大倉裕真さん。その主人公に対して、厳しくも温かく接する介助者役の稲増文さん。そして、早くに亡くなった自身の子どもを主人公に投影し、どうしても甘やかしてしまう介助者役の渡辺真起子さんと、事故により視力を失い、顔に大きな火傷の痕も残ってしまった少女を演じた岸井ゆきのさん。 特に渡辺さんは、早川がキャスティングを強く望んで実現したご出演で、撮影期間中は様々な面で学生であるスタッフ達にもお気遣い頂いたり、叱咤激励を頂いたり、映画を作ることに対する”覚悟”を示して頂きました。スタッフ達が卒業後に入った現場で渡辺さんとお会いする機会もあったようで、そのことを伺ったりした時はこちらも嬉しくなりました。 また岸井さんは、毎日特殊メイクが必要になる役で大変だったはずですが、撮影中はその大変さを感じさせることなく、難しい人物を丹精に演じて頂きました。その後のご活躍を見ていると、なんだか嬉しくなります。

もちろん、主要の4名以外のキャストの皆さまにも支えて頂き、「視覚障害者が見えるはずのないものを見る」という、企画の発端となった実際の出来事からかなりフィクショナルであったこの映画に、強度というか説得力というか、映画が持つ力を高めて頂くことが出来ました。当たり前のことなんですが、映画に映るのはキャストの皆さんで、僕らの考えを映し出すのもそのキャストの皆さんを通して、なんだよな、ということを改めて感じたのを覚えています。

他のトリスタ作品と比べると少し重い映画かもしれませんが、その重さこそがこの映画の魅力でもあるので、ぜひこの機会にそれを劇場で体験してほしいです。 お待ちしております。